『パルコルム』比較
金正恩を称える歌とされる『パルコルム』(『歩み』*1)が、新年を迎えると同時に解禁された。
そこで、興味深いのは、2種類の映像が存在していることである。
1 つは、朝鮮中央テレビによって放映された映像である。
もう 1 つは、祖国平和統一委員会が運営するサイト「わが民族同士」に掲載された映像である(音楽は 1 分 15 秒過ぎから)。
演奏はどちらも同じであるが、いくつかの点で相違点がある。ここで、そのいくつかを比較してみたい。
1番
大自然(太陽や山河)を映しながら始まる点は共通している。
しかし、朝鮮中央テレビでは、タイトルのバックに赤旗を映したり、正日峰*2や抗日闘争の記念碑を映すのに対して、「わが民族同士」ではそういった要素はなく、道や山河が前面に打ち出されている。
つまり、朝鮮中央テレビでは、「革命」や「伝統」が強調されているが、「わが民族同士」では、そうしたものには無関心なのである。
そして、何より重要なのは、「우리 김대장 발걸음」(我らが金大将の歩み)に出てくる「김대장」(金大将)の扱い方である。
周知の通り、ここでいう「金大将」とは金正恩のことであるというのが一般的な見方である。
ところが、朝鮮中央テレビでは、普通の大きさで書いているのに対し、「わが民族同士」では、他の文字よりも大きく書いている(強調している)のである。
北朝鮮において、文字の大きさはとても大きな意味を持つだけに、この違いは看過できないものである。
2番
どちらも軍事面を描いてから経済面(工場)を描くことは共通している。
ただし、朝鮮中央テレビでは、テポドンを描いているのに対し、「わが民族同士」では、兵士の行進を描いている。また、前者の方がテポドンを映している時間は長く感じるのに対し、後者では工場を映している時間が長く感じる。
つまり、朝鮮中央テレビでは、より「軍事」が強調されているのに対し、「わが民族同士」では、より「経済」が強調されているのである。
間奏
この部分は決定的に異なる。
朝鮮中央テレビでは、パレード*3、陸軍(戦車)・海軍(戦艦)・空軍(戦闘機)が描かれている。*4それに対し、「わが民族同士」では、ひたすら金正恩が金正日の脇に居る写真が映されている。
3番
どちらもパレードや花火を映しているという点が共通している。
ただし、朝鮮中央テレビでは、兵士の行進よりもミサイルの方に重きが置かれている感がある。
また、終わり方を見ても、朝鮮中央テレビは記念碑を映しながら終わるのに対し、「わが民族同士」は花火の様子を映しながら終わる。
つまり、ここでも、朝鮮中央テレビでは、「軍事」や「革命」がより強調されているのである。
解釈
朝鮮中央テレビに特徴的なのは、「革命」「伝統」「軍事」を強調していることである。全体的に、力強さが漲っており、「先軍政治」*5を象徴する仕上がりである。
一方、「わが民族同士」に特徴的なのは、「経済」と「金正恩」である。特に、後者については、もう少し考察してみる必要がある。
まず、思い出すべきなのは、「わが民族同士」は、韓国を中心とする対外に向けて宣伝を担う祖国平和統一委員会によって運営されていることである。
一方、朝鮮中央テレビは、衛星放送を行っているとはいえ、基本的には対内が中心である。
そこで疑問が生じてくる。「もし新体制が金正恩の正統性を強調したいならば、普通は逆ではないか?」という疑問である。
たとえば、間奏で映された写真である。金正恩が金正日の脇に居る写真ばかり集めているのは、「金正日が金日成に常に寄り添い、金日成の考えを最も良く理解している」というかつての宣伝を真似ているものと思われる。
しかし、一般的な解釈に従って、仮に金正恩が国民にもっとアピールする必要がある状況ならば、まず朝鮮中央テレビでそうした宣伝を国内に向けてすべきではないだろうか?
だが、実際には、朝鮮中央テレビで強調されたのは、「軍事」であって、「金正恩」ではなかった。逆に、対外向けの「わが民族同士」で「金正恩」が強調されることとなった。この意味は何だろうか?
対内より対外
ここで、一般的な解釈を逆転してみたい。
つまり、国民に対して金正恩をアピールする必要はない、という風にである。
すると、朝鮮中央テレビが「金正日に寄り添う金正恩」という写真を入れなかったことが理解できるように思う。
そもそも、『パルコルム』自体、2009年頃から歌われていた。対外的には、長らく流されなかったが、かなり前から、対内的には流されていたのである。
このことから、2009年頃には、すでに金正恩を称揚する思想教育が始まっていたと思われる。*6
たしかに、金正恩は党でも軍でも経験が浅く、実績もない。しかし、かといって、権力基盤まで弱いと判断するのは早計だろう。
国民に敬慕されるまでには到底及ばなくても、金正恩が権力を継承したこと自体は認められているというのが、正確な理解なのではないだろうか?
むしろ、金正恩の権力継承に疑問を投げかけるのは、北朝鮮を取り巻く国々かもしれない。とりわけ、休戦状態にある韓国や、長年の友邦国である中国に対しては、金正恩を正統な後継者として認知してもらう必要がある。
つまり、金正恩は、国内デビューよりも国外デビューの方が遅れており、国外に対して、アピールしていく必要があるのである。
そう考えると、「わが民族同士」で金正恩を強調したことも理解できるのである。
補足
もちろん、これは 1 つの見方であって、他の見方もあろう。*7
ただ、ここで強調しておかなければならないのは、金正日の余命が長くないことは予測可能であったことと、金日成・金正日 2 代にわたって築き上げた巨大な権力基盤はそう簡単には揺るがないであろうということである。
北朝鮮が数年後に現体制のまま存在している、とまでは断言できないが、少なくとも数ヶ月中に崩壊することはないだろう。
崩壊することを楽しみに待つよりも、この厄介な国と今後どう交渉していくかを考える方が、余程、建設的な思考方法であろう。